ラケル・アンドゥエサ&ラ・ガラニア|藤堂清

アンドゥエサ《バロック・ライヴ劇場》第5回公演
ラケル・アンドゥエサ&ラ・ガラニア
愛の苦悩~17世紀イタリア・スペインの音楽

2016年6月7日 王子ホール
Reviewed by 藤堂 清(Kiyoshi Tohdoh)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)

<演奏>
ラケル・アンドゥエサ(ソプラノ)
ラ・ガラニア
  ヘスス・フェルナンデス・バエナ(テオルボ)
  ピエール・ピツル(バロック・ギター)

<曲目>
「狂気」
アンリ・デュ・バイイ:わたしは狂気
作者不詳(17世紀):マリサパロス
作者不詳(17世紀)詩/トレンテ編:「女さまざまのサラバンド」
サンス&即興:フォリアス
リュリ:わかっている、私が死にかかっているのは
作者不詳(17世紀):「不在」
作者不詳(17世紀):あなたの瞳は
サンス:カナリオス
ケベド詩/トレンテ編:「牢屋のハカラ」
「苦悩」
メールラ:そんな風に思うなんて
ストロッツィ:「恋するヘラクレイトス」
作者不詳(17世紀):わたしの美しい人
カプスベルガー:パッサカリア
モンテヴェルディ:安らかにみな忘れ
コルベッタ:シャコンヌによるカプリース
作者不詳(17世紀):あなたなしでは生きられない
モンテヴェルディ:これほどにも甘美な苦悩が
——————–(アンコール)————————
モンテヴェルディ:「マドリガーレ集 第8巻」 より ニンファの嘆き
熊本民謡:五木の子守唄

スペインの歌姫、ラケル・アンドゥエサのコンサート、テオルボとバロック・ギターを伴い、17世紀スペイン・イタリアの音楽を歌った。
プログラムは、「狂気」「苦悩」という二つのブロックで構成され、休憩なしに演奏された。前半の「狂気」はスペイン語、後半の「苦悩」はイタリア語の曲。

アンドゥエサの声はいくぶんハスキーな感じで、前半のスペインの舞曲や俗謡では、道端で歌い、踊るかのようだった。歌詞の内容もきわどいものなので、それが当時の実態に近いのかもしれない。情熱的な恋(その狂気)を歌い上げるプログラム。
フォリア、サラバンドといったスペインの舞曲が、ヨーロッパの他の地域の音楽へ影響をあたえていたのだと再認識させられた。

後半は、メルーラ、ストロッツィ、そしてモンテヴェルディといったイタリアの作曲家による曲。受け入れられない恋、失われた恋の苦しみを歌う。 こちらでの声の使い方も、前半と同じようにすこし雑音成分の入ったような発声。そのせいもあってか、母音がきれいに抜けない。バロック音楽を歌う人の多くがノンヴィブラートの発声であるのと較べると、かなり異質な印象を受ける。
歌自体も通常歌われるより変化を大きくとっている。この時代の歌、たしかに自由度が高く、聴衆の反応を受けて歌いくちを変えることや、装飾を加えることもあっただろう。
しかし、「狂気」と「苦悩」というタイトルでまとめながら、彼女の音楽には差異が感じられない。作者不詳の曲もモンテヴェルディの曲も「ラケル」色に染めあげてしまう。

古楽の演奏は多くの人の研究や実践により、この数十年で大きく変化してきた。バロック時代の音楽を用いながら自らの歌を聞かせるアンドゥエサの行き方は、そういった積み重ねからは外れたものという印象を受けた。いわば、現代のポップス歌手のようにそれらを歌っているといえるのではないか。それはそれで、新たな地平を見出す可能性を感じはするが。

今回彼女とともに来日したラ・ガラニアの二人、テオルボのヘスス・フェルナンデス・バエナとバロック・ギターのピエール・ピツル、しっかりした技術を持ち、彼女をよく支えていた。

なお、アンコールで、熊本の震災被害者支援のためとして「五木の子守唄」が歌われたが、歌詞を考えるとそれにふさわしいものとは思えない。日本側から提案したのだろうか?

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