サンクトペテルブルグ・フィルハーモニー交響楽団 2016年日本公演|藤原聡

ペテルブルグサンクトペテルブルグ・フィルハーモニー交響楽団 2016年日本公演

2016年6月2日 サントリーホール
Reviewed by 藤原聡(Satoshi Fujiwara)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)

<演奏>
指揮:ユーリ・テミルカーノフ/サンクトペテルブルグ・フィルハーモニー交響楽団

<曲目>
ショスタコーヴィチ:交響曲第7番 ハ長調 Op.60『レニングラード』

テミルカーノフとサンクトペテルブルク・フィルの2年ぶりの来日、今回のコンサートはこの両者のファンにとっては特別なものとなるだろう。チャイコフスキーやリムスキー=コルサコフもむろん素晴らしかろうが、何せショスタコーヴィチの交響曲を2曲演奏するのだから。第5と『レニングラード』のうち、後者を聴く。当夜のプログラムはこれ1曲である。

冒頭からまずは音それ自体に圧倒される。独特のいささかざらつきのある鄙びた、滋味深い音色のヴァイオリン。恐ろしく分厚く強靭な低弦。輝かしくも、アメリカのオーケストラのように明快ではない雑味のある複雑な、場合によっては悲鳴のような金管群の音。アクセントというよりは全体に溶け込むかのような地味なシンバルの音色、楔のようなティンパニの音、これらが完全に一体化・融合した磐石の音響体。2016年に至って、依然このような音が保持されているのである。もっとインターナショナル化されているのかと思っていたのだが、これは意外であった。

さて、そのような音を持つオケを指揮するテミルカーノフもまたすごい。身振りは極めて小さいながら、完璧にオケを掌握しているのがありありと伝わる。冒頭、いささかゆったりとしたテンポで地味に開始された第1楽章は、しばしばあるようなリズムを際立たせて明快に音響を構築していくような演奏ではなく、常に思索的な雰囲気を漂わせる。有名な「戦争の主題」はこれ以上はありえないほどのピアニッシシモで開始されるが、その音楽的緊張感はまるで緩まない。この部分、後半に至るや徐々に加速して行き、その音響は激烈を極めるが、ここでも決して暴力的にならず、どこか抑制され知的にコントロールされている印象をもたらす。なるほど、以前の彼らであればより直裁に音響を開放したところであろうが、当夜の演奏はそういう次元を既に超越している、と見る。なんという複雑な味わい。そして、当曲の本来の深みはこういう演奏でこそ腑に落ちるというものだ(この曲をショスタコーヴィチの交響曲の中であまり高く評価しない向きは、こういう演奏を聴けば考えを改めるかも知れない)。

第2楽章では、この四字熟語が最適かどうかはさておき「人馬一体」という言葉が思わず頭をよぎる。ちょっとした経過句のニュアンスや楽器間のフレーズの受け渡しの呼吸、有機的なアンサンブルの妙など、物凄い一体感だ。一聴特別なことは何もしていないように聴こえながら、さりげなくそのレヴェルの高さが感知されるような演奏と言うべきか。楽章終結部の儚さが忘れ難い印象を残す。

第3楽章では彼らの真骨頂に触れた。始まってすぐの、あの感動的なヴァイオリンのコラールの骨太で感傷的ではない、しかし心の底からの歌。多くの演奏は「峻厳に傾くか、あるいはより感傷味を感じさせるか」で分けられるが、彼らの演奏はその両方を兼ね備える。対して、中間部の粗野な迫力はロシアのオケならでは(ちなみに楽章後半に大幅なカットあり。テミルカーノフはいつもそうするとのことで、個人的には第1部で出現するあの美しいフルートの副主題が後半でヴィオラによって再現される箇所に愛着を感じ、これがなくなったのは残念だが、演奏によってはこの後半部がくどいと感じないわけでもない。テミルカーノフがカットする理由を知りたいものだ。この指揮者とオケであれば尚のこと聴きたいのだから)。

第3楽章後半がカットされたままあまりに自然にアタッカで移行した第4楽章、ここでもこれ見よがしの興奮はていねいに敬遠されるが、それでいて音の深さのために全く物足りなさがない。この曲でこれほどの深みを体感したのは初めてかも知れない。あの巨大なコーダは、慌てず騒がずにじっくりと高揚していくが、読響から参加したバンダが加わってからの高揚は、単なる音響の巨大さと言うに留まらずどこか超越的で「静謐」とすら言いうる清澄さを醸し出していた。これもまた初めての体験である。この箇所でそんなことを感じたのは。

ことほどさように、今現在のテミルカーノフとサンクトペテルブルク・フィルは全く独特の境地に屹立している。もう15年ほど前であろうか、彼らの『春の祭典』の実演にサントリーホールで接した際に全く良い印象がなく、それ以来何とはなしに敬遠していたのだったが、その際は彼らのコンディションが良くなかったのか、曲目との相性なのか、はたまた当方の見識不足だったのか、それらの全てか、まあ今となってはどうでもよいことなのだが、少なくともこの夜、今の彼らのとんでもない境地を体感できたことは大きな収穫だった。再来日を望む。

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