大阪4大オーケストラの響演|大田美佐子

大阪第54回大阪国際フェスティバル2016
大阪4大オーケストラの響演

2016年4月24日 フェスティバルホール(大阪市・中之島)
Reviewed by 大田美佐子(Misako Ohta)
Photos by 森口ミツル(写真提供:公益財団法人朝日新聞文化財団)

<演奏・出演>
大阪交響楽団【指揮】外山雄三
大阪フィルハーモニー交響楽団【指揮】井上道義
関西フィルハーモニー管弦楽団【指揮】飯守泰次郎
日本センチュリー交響楽団 【指揮】飯森範親

<曲目>
ストラヴィンスキー バレエ音楽《かるた遊び》
ラヴェル《ダフニスとクロエ》第二組曲
-休憩-
ワーグナー 楽劇《トリスタンとイゾルデ》より 前奏曲と愛の死
ベートーヴェン 交響曲第5番 ハ短調 作品67《運命》

顔のあるオーケストラ-在阪オケのショーケースを超えて「響演」が示したもの

1920年代、かつて朝日会館と呼ばれ、日本の洋楽文化を牽引してきた大阪の誇りともいえるフェスティバルホール。その歴史的にも意味深い舞台で、大阪を拠点に活動する四つのオーケストラが一堂に会し、それぞれの楽団が誇るマエストロと珠玉の一曲を披露するという演奏会が開かれた。この破格の試みは昨年に続き二度目だが、1958年のホール設立から今年で54回を迎える「大阪国際フェスティバル」の目玉プログラムでもある。

この催しの醍醐味のひとつは、オーケストラの特性を比較出来るショーケースになる点。演目の選択ひとつをとっても、作品のメッセージ性やオーケストラの音楽的特性など、観客に対する絶好のアピールの機会になる。また、祝祭的な雰囲気のなかで、観客にオーケストラ文化が身近に感じられる点も魅力的だ。

プレトークでは、舞台上に当代日本の音楽界を代表する四人のマエストロが立ち、曲目に対するそれぞれの思いを口にした。舞台上にずらりと並んだその絵面は壮観そのもの。くわえてこの演奏会が、観客だけでなく演奏者にとっても、お互いの音楽に触れる貴重な機会となり、適度な緊張感をもたらすという側面は意外に重要な特性かもしれない。飯守が語ったように、三階まで満杯の観客からの真剣な眼差しは、指揮者と楽器奏者の響き合いだけでなく、劇場全体が響き合うという、魔法のような相乗効果を生み出した。

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外山雄三

スタートは、創立36年目の大阪交響楽団。今宵の指揮者で最年長の外山雄三が選んだのは、作曲家としてのマエストロの趣向が感じられる、メジャーとは言えないストラヴィンスキー初期のバレエ音楽《かるた遊び》。普段から古典作品、ロマン派などの渋い選曲が持ち味の大阪交響楽団だが、今回のプログラムのなかでもそのチャレンジングな選曲に、外山イズムの一端を垣間みた。今後この外山イズムが、どうオーケストラに浸透して展開していくのか、もっとその先が聴きたくなるような演奏だった。

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井上道義

続く老舗の大フィルは、首席指揮者の井上道義を迎えてラヴェル《ダフニスとクロエ》第二組曲。えも言われぬ美しい「夜明け」の期待感といい、「無言歌」を奏でる官能的なフルートの響きといい、舞踊的な軽やかさといい、途切れる事のない集中力で「全員の踊り」になり駆け抜けた15分間は圧巻の劇体験だった。ひとりひとりの個性が思う存分発揮されてこそ、オーケストラが「ひとつになる」求心力が生まれる、と語るマエストロの哲学が、ラヴェルの計算され尽くしたスコアに、途方もないエネルギーを与えていると感じた。

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飯守泰次郎

休憩に続くマエストロ飯守のワーグナーは、物語そのものを内包しているドイツ的な時間の積み上げ方が、どこか円熟期のチェリビダッケを髣髴とさせた。禁欲的で実直な音の積み上げと、その先にある官能のマグマのダイナミクス。全曲上演を前に、ワーグナーの音楽に対峙する飯守の並々ならぬ情熱を感じ取る関フィルだからこそ、到達できる境地の音楽なのかもしれない。

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飯森範親

ラストの日本センチュリー交響楽団は、飯森範親によるベートーヴェンの《運命》。飯森は、同世代の指揮者のなかでも際立って、ベートーヴェンやモーツァルトなど啓蒙主義時代の古典派の音楽に真摯に向き合ってきた。考えてみれば、この《運命》を書いたベートーヴェンも今日では「若き天才」と位置づけられるのかもしれない。日本センチュリー交響楽団と築き上げてきた緻密な音の構成と室内楽的な響きを尊重した鮮やかな音作りを基盤にして、ラストの「希望」に向け、苦悩しつつも爽やかで前向きな力に溢れた《運命》は、実にこの作品の真意に近い解釈のように思われた。

橋下市政を思い出すまでもなく、オーケストラ不要論が影を落とすなど、近年の大阪のオーケストラをめぐる環境はバラ色とは言えない。しかし、今回の演奏会は単なる「共」演でなく、ドライな「競」演という感じもなく、全体としてオーケストラの音楽文化の醍醐味と魅力を感じさせる見事な「響」演となっていた。

つまりそれぞれのオーケストラの「顔」が、聴衆に見えたのである。オーケストラを構成している「個性」と「個性」のせめぎ合いこそが、スリリングで面白いという原点に立ち返れたと言ってもいい。良い意味で「物見高い」、好奇心の強い大阪の聴衆に訴えかける、魅力的なプログラムを打ち出せる限り、逆風は追い風にもなる。大阪のオーケストラも、関西の音楽界もともに面白くなっていきそうな、大きな期待感に包まれた演奏会だった。

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公演終演時のカーテンコール。
左から外山雄三、井上道義、飯守泰次郎、飯森範親。
バックは日本センチュリー交響楽団