HORIZON 松尾俊介「武満徹へのオマージュ」|大河内文恵

松尾HORIZON 松尾俊介「武満徹へのオマージュ」

2016年3月16日 東京オペラシティ 近江楽堂
Reviewed by 大河内文恵(Fumie Okouchi)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)

<演奏>
ギター:松尾俊介

<曲目>
武満徹:ギターのための小品(1991)
中田章(武満徹編):早春賦(ギターのための12の歌より)
武満徹:フォリオス(1974)
J.S.バッハ:シャコンヌBWV1004
武満徹:すべては薄明のなかで
H.アーレン(武満徹編):オーバー・ザ・レインボー(ギターのための12の歌より)
〜休憩〜
武満徹:エキノクス(1993)
L.ブローウェル:HIKA〜武満徹の思い出に
武満徹:森のなかで(1995)
L.ディアンス:トリアエラ
(アンコール)
P.マッカートニー(武満徹編):Yesterday(ギターのための12の歌より)

武満徹没後20年にあたる今年は、各地でメモリアル・コンサートが開催されている。あれからもう20年も経ったのかという感慨とともに、私たちは武満徹の何を知っているのか?という問いを突きつけられる演奏会であった。

この日のために松尾が用意した曲目は、武満のギターソロ作品全曲、武満がギター用に編曲した『ギターのための12の歌』の一部、他の作曲家が武満へのオマージュとして書いた作品、そしてバッハの『シャコンヌ』である。武満のギター独奏曲は冒頭に演奏された『ギターのための小品』を除き、すべて作曲された年代順に演奏され、武満作品と他の作曲家の作品からなる「サンドウィッチ構造」(松尾談)をなすという趣向であった。

<シルヴァーノ・ブソッティの60歳の誕生日のために>と題された1分ほどの短い小品から始まったコンサートは続く『早春賦』で、いまが武満の亡くなった「春」であることを私たちに思い起こさせる。
武満が最初にギター曲を書いたのは1974年、ギタリスト荘村清志の委嘱による『フォリオス』で、ギター作品を初めて作曲する武満が手探りで曲を書いていることが、他の作品と聴き比べるとよくわかる。13年後の1987年にイギリスの名手ブリームのために書かれた『すべては薄明のなかで』では、武満はすっかりギターの書法を身につけたようである。楽譜をみると無秩序に音符が散らばっているようにしか見えないのだが、松尾が音にすると、まるで今ここで曲が生成しているかのような現実感があり、心地よい音楽の流れにいつまでも身を委ねていたいという思いが湧きあがった。

さらに5年後に書かれた『エキノクス』はE-B-G-D-A-Esという変則調弦によるもので、「春分・秋分」という意味をもつこの曲は春分の日を1週間後に控えた季節柄にふさわしい曲であった。武満が最後にギター独奏曲を書いたのは亡くなる前年の1995年で、『森のなかで』という3楽章からなる作品である。第1楽章は武満らしい響きが随所に聴かれ、まるで松尾の後ろに武満が微笑みながら立っているかのような錯覚を覚えた。第2楽章は荘村に捧げられた『フォリオス』を思わせる曲、第3楽章はブリームに捧げられており、これまた『すべては』を彷彿とさせる。すっかりギターの扱いを覚えた武満が、すでに癌に冒された身体をおして完成させたのは、過去の自分の代表作を模しつつもそれを超え、自分の「うた」を盛り込んだ作品であったということが松尾の演奏からよく伝わってきた。

武満以外の作品は一見無造作に並べられているように見えるが、じつによく計算されたプログラムであった。『フォリオス』の第3曲にはバッハの『マタイ受難曲』の引用が出てくるが、『マタイ』の旋律はすぐさま解体され、最後には完全に瓦解してしまう。作曲にとりかかる心の準備として武満がピアノで弾いていたという『マタイ』。亡くなる前々日に武満がFM放送で聴いた『マタイ』。次に演奏された『シャコンヌ』は、バッハの音楽を心ゆくまで堪能させることによって、『マタイ』の旋律が途切れて聴き手の心にぽっかりとあいた隙間を満たす役割を果たしていたといえよう。

後半の2曲目『HIKA』はブローウェルが武満の死を悼んで書いたもので、E-B-G-D-G-Eという変則調弦が『エキノクス』の影響を思わせる。同じように変則調弦を使いながら、さらに変化に富んだ曲想を展開する演奏は、ラテン系の激しい楽想と短い音型を微妙に変化させながら連ねていく松尾の技を堪能させるものであった。

武満の最終曲『森のなかで』の次に続けることができる曲は存在するのか。プログラムの最終曲は、武満をイメージして書かれた第1曲をもつ『トリアエラ』であった。<ブラジルでの武満徹>と題されたこの曲は、武満がもっと長生きしてブラジル風のギター曲を書いたとしたら、きっとこんな曲だったろうと思わせる、武満的な和声とブラジル風な曲想がほどよく入り混じった佳曲である。さらにスペイン風とジャズによる第2曲が続き、第3曲には<サーカス>と曲名の一部にあるように、ギターを使った曲芸が披露され、松尾の真骨頂をみた。

「誰かに何かを言われたわけでもなく」(松尾談)一昨年から松尾が2年がかりで温めてきたというこの演奏会の最後を飾ったのは、『イエスタデイ』。武満の世界を丸ごとみせ、さらに広げてみせた松尾の手腕を堪能した一夜であった。

なお、この演奏会は、4月17日及び24日の朝8時10分からNHK-FMラジオ(番組名「現代の音楽」)で放送予定である。

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