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東京オペラ・プロデュース オペラ・ブーフ《青ひげ》|谷口昭弘

blue東京オペラ・プロデュース オペラ・ブーフ《青ひげ》

2016年2月6日 中野ZERO
Reviewed by 谷口昭弘 (Akihiro Taniguchi)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)

<曲目>
オペラ・ブーフ「青ひげ」
作曲:J・オッフェンバック
台本:H.メイヤック&L.アレヴィ

<出演>
舞台監督:八木清市
指揮:飯坂純
演出:島田道生
青ひげ:及川尚志
ブロット:菊地美奈
ポポラーニ:佐藤泰弘
ボベーシュ王:石川誠二
クレマンティーヌ王妃:羽山弘子
エルミア王女:岩崎由美恵
サフィール王子:新津耕平
オスカル伯爵:羽山晃生
エロイーズ:小野さおり
エレオノール:別府美沙子
イゾール:沖藍子
ロザリンド:溝呂木さをり
ブランシュ:塚村紫
廷臣アルバレス:白井和之
合唱:東京オペラ・プロデュース合唱団
合唱指揮:中橋健太郎左衛門
管弦楽:東京オペラ・フィルハーモニック管弦楽団

「青ひげ」というと、筆者はどうしてもバルトークの《青ひげ公の城》を思い出してしまう。ユディットの好奇心により青ひげ公の秘密が明らかにされ、遂に彼女は闇の中に葬られるという恐ろしく、また陰鬱な作品だった。しかしオッフェンバックは、原作シャルル・ペローやメーテルリンクの青ひげの物語を出発点としながら、また青ひげのダークさは断片的に残しつつ、それをうまく解体し、屈託のないコメディに仕立て上げている。

音楽的に圧倒的な力量を見せたのは青ひげを演じた及川尚志だった。もちろん技巧的に優れた歌手を前提にしてオッフェンバックは技術的に高度なパッセージを楽譜に多く書き記したのだろうが、及川の美しく通る頭声は第1幕の<伝説>というアリアから圧倒的に前に出ていたし、低声部にも力があった。その一方で、セリフに反映された役作りには、エロオヤジ的な軽妙さが溢れる。声楽の圧倒的技巧と役のバカバカしさの差が激しく、笑いを誘う。

インパクトがあったのは菊池美奈のブロットだ。張りと潤いのある声で、「KYな(空気読めない)女性」になりきる。演技も手慣れたもので、圧倒的な存在感。オペラをどんどんと、かき回していく。ただ彼女にはキャラクター的な「ひねり」もある。例えば第2幕2場。ブロットがここでは青ひげに命を懇願するシリアスな側面を見せるため、本格的なアリアをも歌える歌唱力が試される。菊池の声は、ブロットの図々しい性格だけでなく、心からの訴えを表現する歌にも活かされていた。

キャラクターとして印象的だったのは、石川誠二のボベージュ王である。残忍でわがままな王様ぶりを発揮する一方で、セリフでは声をひっくり返したり、幼児語を発したり。歌う機会は主役たちほど与えられていないものの、第2幕1場では、その実力のほどを聞かせていた。

そのほか、胡散臭さを醸し出しつつどこか憎めない誠意を示す青ひげのお抱え錬金術師ポポラーニ(佐藤泰弘)は台詞がとてもはっきりとしていたし、若さ溢れるエルミア王女(岩崎由美恵)とサフィール王子(新津耕平)については、素朴な恋愛感情だけでなく、農民と貴族との微妙な素振りの違いなども歌い分け、描き分けていた。

舞台セットは、お世辞にも豪華なものとはいえないかもしれない。しかし不思議と親しみが湧くものだった。第1幕の素朴な農村の掘っ立て小屋や第2幕2場の、青ひげの5人の妻が入れられていた棺桶は、いずれもテレビのコントのセットのように見えた。しかし、だからこそ、聴衆にとっては、この舞台作品が身近に感じられたのではないだろうか。少なくとも筆者にとっては、とても上演内容にぴったり合致した、記憶に残るセットだった。

今回の上演にあたって、歌唱の方はフランス語が選ばれていた。これによって歌の自然な抑揚が逃されることがないし、字幕が付くことにより、言葉の意味が、日本語訳で歌うよりも明確に提示された。一方、台詞の方は「マイナンバー」「一億総活躍」など、時事性を持った言葉も盛り込んだ日本語訳が使われた。この台本はとてもよく練られていて、《青ひげ》に初めて触れる大半の人にとっても、即座に楽しめるものだったに違いない。

中野ZEROホール大ホールは1200席強のホールで、どの役の台詞も聴きやすかった。エンタテイメントとしては格別なひとときであり、こんな作品が日本でももっと広く、いろんな場所で聴かれ、知られて欲しいと願うばかりだ。

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