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藤原歌劇団 「トスカ」|谷口昭弘

トスカ藤原歌劇団 プッチーニ「トスカ」

2015年1月30日 東京文化会館
Reviewed by 谷口昭弘(Akihiro Taniguchi)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)

<出演>
公演監督:折江忠道
指揮:柴田真郁
演出:馬場紀雄
トスカ:野田ヒロ子
カヴァラドッシ:村上敏明
スカルピア:折江忠道
アンジェロッティ:三浦克次
堂守:柴山昌宣
スポレッタ:所谷直生
シャルローネ:党 主税
看守:坂本伸司
牧童:時田早弥香
合唱:藤原歌劇団合唱部
児童合唱:多摩ファミリーシンガーズ
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

舞台の周辺に階段と扉を設け、中央には若干傾いた円形舞台。ストーリーはこの円形舞台を中心に展開する。ヴェリズモ(あるいはリアリズム)的な性格を持つ《トスカ》だが、劇場を舞台上に乗せることにより、具体性と抽象性の両方を併せ持つような形になっていた。

村上敏明のカヴァラドッシは特に高声域が気持ちよく響く。第1幕の<妙なる調和>から、若々しく、理想主義者的な人物像を醸し出す。第2幕の勝利を高らかに叫ぶひとくさりにもインパクトがあり、客席からの喝采を浴びていた。舞台の窓の外に輝く星を背に歌う<星は光りぬ>にしても決して長い時間を与えられたアリアではないが、オーケストラがタップリと前奏を聴かせたこともあり、輝かしい声をじっくりと堪能できた。

野田ヒロ子のトスカは、最初こそ若干安定性に不安を感じたところもあったが、カヴァラドッシとの二重唱に入った時点ではドラマと一体となった表現になった。いわゆる「プリマドンナ」として自ら際立たせるのではなく、オペラの流れの中で、登場人物として、しっかりとした存在感を持っていた。その表現力が生きたのは、やはり第2幕の<歌に生き、愛に生き>で、特に歌の前半の祈りのような部分が真摯で心がこもっており、涙を誘った。そして全般的にトスカ役になり切ろうとしているのがよく伝わってきた。

1月30日の公演でひときわインパクトを感じたのは折江忠道のスカルピアである。最初の一声で、場が凍りつく力強さ。しかしはじめてトスカと出会った時は、善人そのもののような歌い方。第2幕トスカとスカルピアのやり取りは、彼女とカヴァラドッシとのよりも多く、敬虔な主人公との対比を効果的にみせる恐るべきスカルピアの存在は物語的にも大きな意味を与えていた。

そのほか、一介の弱い市民の象徴にも見えた柴山昌宣の堂守は、よく響く声でオペラにドラマ的な深みを与えていたし、多摩ファミリーシンガーズによる児童合唱は、演目に楽しさと華やかさを加えていた。

柴田真郁の指揮は、全体の構成を見据えた明確な進行で、カヴァラドッシとトスカの二重唱をたっぷりと聴かせる一方、これでは声が聞こえなくなってしまうのでは思うくらい大胆に金管をならすこともあった。しかしこの鳴らし方は、感情の昂ぶりをむしろ自然に伸ばすものであった。また、舞台上で進行するドラマの背後に演奏される音楽が筋書きの分岐点となる箇所も多い《トスカ》なので、それらの扱いのうまさにも感心させられた。

ところでオペラのエンディングは、トスカが「スカルピア、神様の御前で!」と叫ぶことに注目し、彼女は身を投げず、スローモーションで昇天するかのような演出となっていた。神に与えられた命を人間が自ら終わらせることから、自殺はいわば神への背信となり戒められる傾向がキリスト教にはある。プッチーニも自殺の幕切れを変更したいと考えていた。今回のエンディングは、いわばプッチーニの意図を尊重したとも考えられるし、神の審判を究極のものとするトスカの一言を生かすものともいえる。もちろん身投げをしない分、プッチーニの音楽がやや大げさに聞こえてしまう嫌いもあるものの、こういうエンディングの可能性が模索されてもよいだろう。

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