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トーマス・バウアー|藤堂清

バウアー第19回 ワンダフルoneアワー
トーマス・バウアー バリトン・リサイタル

2016年1月17日 ハクジュホール
Reviewed by 藤堂 清
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)

<演奏>
トーマス・バウアー(バリトン)
ウタ・ヒールシャー(ピアノ)

<曲目>
ベートーヴェン:連作歌曲『遥かなる恋人に寄す』op.98
シューベルト:船乗り D536 / 冥府への旅立ち D526 / 漁夫の歌 D881 / 竪琴に寄せて D737 / ブルックの丘にて D853
シューマン:詩人の恋 op.48
—————(アンコール)——————-
シューベルト:楽に寄す D547

つややかでムラのない美声、ゆったりとしたテンポの歌声に歌詞がピッタリとおさまる。聴く側は自然に、ベートーヴェンの、シューベルトの、シューマンの世界に導かれる。骨格のしっかりしたドイツ歌曲を堪能。
ハクジュホールの「ワンダフルoneアワー」シリーズ、一時間におさまるプログラムで、昼と夜、二度行うコンサート。都合のよい時間帯を選んで聴くことができることもあり人気がある。
第19回目のこの日はドイツのバリトン、トーマス・バウアーによる歌曲リサイタル。ピアノはパートナーでもあるウタ・ヒールシャー。今回は昼の部を鑑賞した。

トーマス・バウアーは、南ドイツの”Regensburger Domspatzen”(レーゲンスブルク大聖堂のスズメ=少年聖歌隊)の出身。ミュンヘン音楽大学を経て、オペラに、コンサートに、リサイタルにと幅広い分野で活躍している。シューベルト、シューマンの歌曲の録音も数多く、聴きごたえのあるものとなっている。45歳の今が音楽作りと声がともに良い時期で、これからの10年間が彼を「聴くべき」ときだろう。
ピアノのウタ・ヒールシャーは、ドイツ人の父と日本人の母のもと、日本で生まれ、日本で育った。そういった縁もあり、バウアーとともに日本に訪れることが多い。

さて音楽面だが、バウアーの歌は、旋律線からスタートし、そこに歌詞を合わせていくという作り方。同世代のクリスティアン・ゲルハーヘルが詩のイントネーションや意味を重視し、メロディーラインを微妙に揺らすことをもいとわないのとは対照的である。
はじめのベートーヴェン、ゆったりとした弱音での歌い出し、その美しい響きに引き付けられる。3曲目の弾むようなリズムも軽快で、言葉も明確に聞きとれる。歌曲集最後の強声も美しい響きを保ち、ヒールシャーのピアノも強い打鍵でそれを支えた。
シューベルトの歌曲はメロディーと歌詞のどちらに重きを置くかで大きな違いが出る。バウアーは前にも書いたように前者の方向。このような行き方で、美しい旋律が際立つのは当然だが、 『ブルックの丘にて』のような早いテンポの曲でも歌詞がピシッとはまっている。リズム感のよさは天性のものなのか、少年時代の訓練のたまものなのか。
『詩人の恋』はシューマン歌曲全集を目指す録音の第一弾としてすでに発売されている。ここでも彼の特長である、ゆったりとした歌いくちが好ましい。ヒールシャーのピアノも、シューマンでは多様な音色で曲の表情を豊かなものとしていた。第6曲までの恋の喜びを歌う部分の明るい声、第7曲から第14曲までの失恋の苦しみを歌う部分での揺れ動く気持ちを表わすような音色と大きなダイナミクス、最後の2曲、自らの苦しみを外部の目でみつめるかのような深い響き。ピアノの長い後奏が終わり、長い静寂が続いた。すべての聴衆が二人の作り出した世界にひたっているように感じられた。
その後おこった爆発的とも思える拍手に応え、シューベルトの『楽に寄す』をアンコール。これも彼らによく合った曲。すてきな午後の一時間(実際は15分過ぎていたが)だった。

「ワンダフルoneアワー」というシリーズ名称、これも実態と合致しており「ワンダフル」。今後の企画に注目していきたい。

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