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五線紙のパンセ|その2)合唱オペラへ|寺嶋陸也

P5その2)合唱オペラへ

text by 寺嶋陸也(Rikuya Terashima)

複数の人間が声を合わせて歌う、ということは世界中で昔から行われているし、西洋だけに限っても、オペラやオーケストラやピアノなどよりもはるかに長い歴史を持ち、音楽史上重要な作曲家の重要な作品も多いのだが、日本においては(海外でもあまり状況は違わないかも知れない)合唱団の多くがアマチュアの団体であるためか、音楽誌や新聞など、好きな言葉ではないがいわゆる「楽壇」の中でまともに取り上げられることは少ない。聴いて楽しむよりは自ら演奏して楽しむ音楽、という面が強いためであろうか。楽器を買う必要が無く、専門的な教育なしでも始めることができ、学校教育にも根を下ろしている、というところは合唱のすばらしさの重要な一部である。しかし、始めやすく誰でもできる、ということが、専門性をありがたがる音楽界(これもあまり好きな言葉ではなく、ほかに適当な言葉がないので使うが要するに音楽をビジネスとして扱う世界)には馴染みにくく、そのため、合唱が音楽の中でも重要なジャンルであるというふうには思われにくい面があるようで、残念なことである。

実際、合唱をやっている人の中には、本当の意味での「歌」を歌う、ということとはかけ離れたところでスポーツのように「合唱」に取り組み燃焼する人も少なくない。コンクールにおける合唱というのはそういうものの一例だが、たとえば、テレビで放映されるコンクールの映像を見て、そのひたむきな姿には打たれても、そこに音楽としての主体的な表現を見出すことは難しい。そういうのが好きな人もいるのでとやかくいうことではないかも知れないが、私もかつては批判しつつも加担してしまったことのあるその傾向が、合唱が音楽としてではなく、ただのレクリエーションとしか世間に受け取られないことを助長しているだろう。コンクールの役割に関して言えば、「技能の向上」を目指すなら優れた指導者もたくさんいる日本で、もうこれ以上技能を競うようなことをする必要は無いだろうし、「裾野を広げる」ということを考えるなら、もっと質のいい裾野を作っていくことを考えるべきである。

とはいえ、日本ではこれまで、とくに戦後には、非常に内容の濃い合唱曲が数多く生まれ、いくつかの曲は音楽史的にみて重要でさえある。プロとアマチュアとを問わず多くの団体がそれらをレパートリーとして、あるいは挑戦すべき課題として演奏し、安価な入場料でそれを聴くこともできるし、録音も入手できる。ヨーロッパやアメリカと比べても、これほど合唱が芸術としての多様な展開をみせている地域は少ないという。合唱は、やって楽しむだけではなく、関わっている人ならもちろん、そうでない人が聴いて満足でき、またそこから多くのものを受け取ることのできる可能性が無限に広がっているすばらしい芸術であることに、私はいささかの疑いも持っていない。無論すべての演奏、すべての曲がすばらしいというわけではないのは他のあらゆる音楽と同じで、合唱団の技量も、超絶的なアンサンブルを誇る団体から、ひとに聴かせることを目的とはしていない団体にいたるまで実に多様なので、当然、歌われている曲もさまざまであるが、このジャンルでは常に新しい曲が求められ作曲され続けている、ということは特筆に値する。すでに豊富なレパートリーがありながら新しい曲を求め続ける「合唱界」や「合唱人」(これらもあまり好きな言葉ではないが)の存在は、私ども作曲家にとっては非常にありがたく、そういった人たちの中でも、同じ問題意識を共有しながら活動できるいくつかの合唱団や幾人かの指揮者に、私はいつも助けられてきている。

長く取り組んでいることのひとつに、なんらかの動きや所作、演出や照明を伴う合唱曲の作曲がある。しばしばそれは劇としての形式をもつのだが、それを何と呼ぶか。よく使われる「シアター・ピース」というのは、私にはピンと来ない。いままでに6つの舞台作品で台本を書いてくださった演出家の加藤直さんはあるとき「合唱ファンタジア」と名付けたのだが、定着することはなく、2012年の《echo・海の少女》と現在準備中の新作では「合唱オペラ」としている。
私たちの合唱オペラでは、沖縄の歴史であったりピカソであったりとさまざまに題材を求め、それらを現代の社会と結びつくものとして扱うことが物語上のテーマとなるが、本質的なテーマは、声と体と言葉、これを扱う集団の表現について、実際に表現することで音楽や言葉をより深く探求することである。加藤さんの台本は常に挑発的だが、それだけでは完結しない。すなわち音楽が切り込み、演者が表現し、お客が見て初めて実現に至る。
合唱は、ここではすでにそれ自体が目的ではなくなっている。「合唱オペラ」は、あまり世界には例のないものであるという。もっと多くの人に見て、聴いてもらいたいし、旅行にはお金がかかってたいへんだが、海外でも上演して新たな聴衆と出会ってみたい。

★公演情報
コーロ・カロス公演2016
2016年10月18日(火)新国立劇場 中劇場(開演時間未定)
合唱オペラ《そして旅にでた―モノガタリとコエカラダと》
台本・演出:加藤直
作曲:寺嶋陸也
指揮:栗山文昭
合唱:コーロ・カロス
クラリネット:橋爪恵一 打楽器:加藤恭子 ピアノ:寺嶋陸也

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寺嶋陸也(Rikuya Terashima)
東京藝術大学音楽学部作曲科卒、同大学院修了。オペラシアターこんにゃく座での演奏や、2003年パリ日本文化会館における作品個展「東洋・西洋の音楽の交流」などは高く評価された。『ヒト・マル』『末摘花』『ガリレイの生涯』などのオペラのほか、室内楽、合唱曲、邦楽器のための作品など作品多数。ピアニストとしての内外の演奏家との共演や指揮など活動は多方面にわたり、CDへの録音も多い。