パリ・東京雑感|恋愛=姦通神話と神秘主義|松浦茂長

恋愛=姦通神話と神秘主義 『トリスタンとイゾルデ』の蘇り

text by 松浦茂長(Shigenaga Matsuura)

学生時代にフランス文学のゼミでコルネイユの『オラース』という戯曲を読んだとき、先生が「フランス文学の恋愛はすべて姦通であり、この作品だけが例外です」と、どきっとさせるイントロダクションをした。『モーヌの大将』のような純愛物語もあるじゃないかと反論したくなるけれど、そんなのは『クレーブの奥方』、『赤と黒』、『谷間の百合』、『ボバリー夫人』級の大文学ではない、ということなのだろう。英国のジェーン・オースティンのような健康で魅力的な恋愛文学はフランスの代表的作品には見当たらない。映画を見ても、フランス映画の恋愛は悲劇的結末の不倫か、そこまで行かなくても、ややこしくもつれた話がほとんどで、たまにハッピーエンドの恋愛映画もあるが安っぽい。英米には深みがあってさわやかな恋愛映画がいくらでもあるのに。
この違いはどこからくるのだろう。フランス人の性道徳が特別低いというわけではなく、恋愛神話の支配力の違いだ。そもそも「恋愛」は12世紀フランスの発明だという。それでは『源氏物語』に「恋愛」はないのか、と異議を唱えたくなるが、やはり中世以来の西欧の恋愛物語は極めて特殊な歴史の産物と考えるべきだろう。明治時代に西欧の恋愛小説を知った作家たちは、その落差に驚愕したに違いない。日本人にとって、恋は肉体と感情の領分に属し、移ろう時のはかなさを嘆く体験であった。ところが、西欧の恋愛はまるで宗教。肉体も感情も超えた精神の高揚が恋であり(肉体関係なしのプラトニックラブが理想だし、一度も会ったことのないカップルの永遠の愛すらある)、死によって愛は時を超越した一致となる。
精神と超越の出来事としての恋愛をどうやって日本文学に移しいれるか、この難題に挑戦して、伊藤左千夫は主人公を少年・少女にした。『野菊の墓』の政夫は満でいえば13歳、民子は満15歳、一緒に暮らす仲良しのいとこ同士。無邪気な遊びが愛に変わっても愛を育て守るすべを知らず、民子は嫁にやられ、悲嘆のうちに死ぬ。肉を知らぬ無垢の愛、いやむしろ愛の予感とでもいうべきだろうか。欲望、葛藤、生活の現実以前の互いの無限の優しさと恥じらい、そこに殉ずる民子を通して、永遠の愛のイデアがおぼろげには感じ取れはしないだろうか。奈良時代の仏師が仏・菩薩の精神性を形に表すとき、幼児の体を用いたのと共通の発想かも知れない。

ランスヨーロッパは逆に、宗教体験の頂点を記述するのに性愛的表現を用いるのをためらわない。13世紀の女性神秘家は大胆、率直だ。
「ある土曜日に、彼女は教会の花嫁であられるイエスご自身を見た。イエスは天から身を傾けて両手を伸ばし、彼女を抱擁しようと迫ってこられ、彼女を親しくご自身のうちへ引き入れられた。そのため彼女は、完全に神のうちに吸い込まれ、自分のうちではまったく無力になり、ついに魂の抜けた死者のような状態で聖歌隊席から担ぎ出されてしまった。」(マルデブルクのメヒティルト)
ランス2「彼自身〔キリスト〕が私の側に来て、腕の中に私をすっぽり抱き、自分に引き寄せた。私の心と人性が欲したように、私の体は隅々まで至福のうちに彼の体を感じ、私は外的に満たされて恍惚状態になった。私は少しのあいだそれに耐える力をもっていたが、すぐにその美しい男性の姿を見失った。そのとき彼は徐々に消え、完全に溶け去ったので、私はもはや彼を私の外に認めることも、内的に彼を識別することもできなかった。その瞬間、私たちは区別なく一体化していたようだ。」(ハデウェイヒ)
私とあなたの隔てが溶け去る崇高なエクスタシー。恋愛詩人がこの至高の愛に憧れないはずはない。中世フランスの吟遊詩人が、神の愛の恍惚を性愛に取りこみ、こうして超越を目指す精神活動としての「恋愛」が誕生したのである。神秘主義の模倣としての恋愛文学だ。何しろこの「恋愛」はその起源が崇高なのだから、西欧文学の恋愛には人生の究極の目標のごとき求道的価値が付きまとうことになった。明治時代の文学者にとってそれは奇妙でもあり、魅惑でもあっただろう。そして読者は人を高めてくれる崇高な「恋愛」に憧れた。夏目漱石の『三四郎』にこんな会話がある。
「あの女(美禰子)は自分の行きたい所でなくっちゃ行きっこない。……好きな人があるまで独身で置くがいい。」「全く西洋流だね。尤もこれからの女はみんなそうなるんだから、それも可かろう」(この引用は畏友大野淳一教授の講演から借用しました)
漱石が皮肉っぽい書き方をしているのは、恋愛結婚に憧れる連中の勘違いをほのめかしたかったのだろう。崇高な「恋愛」はあくまで文学世界に限られ、現実の結婚はヨーロッパも日本と同様お見合いだったことを恐らく漱石は知っていた。漱石の小説に登場する恋愛結婚の夫婦は、過去の業を背負わされ、陰鬱な空気が漂い、幸福そうなのは一組もない。フランスで恋愛結婚が当たり前になったのはやっと第二次大戦後なのに、日本の若者は長い間「西洋流」に恋愛結婚しなくてはという誤解に基づく強迫観念にとりつかれていたわけだ。この誤解のために心中した男女がおびただしい数にのぼることを思うと、文学者の罪は重い。

さて中世以来の西欧恋愛神話の結晶が言うまでもなく『トリスタンとイゾルデ』だ。西欧文学は『クレーブの奥方』からクローデルの『繻子の靴』まで、トリスタンの呪縛のもとに恋愛と格闘してきたと言っても言い過ぎではない。西欧文学のこの根本神話の総決算がワグナーの楽劇『トリスタンとイゾルデ』である。
歌詞を見てみよう。

「このように私たちは死ぬのであろうか
もはや別れることなく
永遠に結ばれ
終わりなく
目覚めることなく
恐れなく
名なく
愛に抱かれ
互いに残りなく与えつくし
愛のみのために生きつつ」

「名なく」は、ハデウェイヒの「私はもはや彼を私の外に認めることも、内的に彼を識別することもできなかった」を思い出させるし、「目覚めることなく」はメヒティルトの「魂の抜けた死者のような状態」を思い出させる。恋のレトリックは限りなく神秘家のレトリックに近いのだ。ワグナーの天才は、彼の表現しようとする恋愛が神秘主義と密な関係にあることに気付いた。そして700年の間に風化し陳腐化した「恋愛」にかつての魔力を取り戻し、トリスタンの神話力を蘇らせるには、その起源の神秘主義に立ち戻らなければならないと気付いたのだ。
しかしアウシュヴィッツと広島、性革命を経た今、ロマンティックな恋愛は嘘くさくしか見えないのではないか。トリスタン神話は死んだ。神話が死んだ時代に、ワグナーの『トリスタンとイゾルデ』を上演するとはどういうことなのか。
パリ・オペラ座で見たピーター・セラーズ演出の『トリスタンとイゾルデは』はこの問いに対する回答と言ってよいだろう。(僕の見た公演は2014年だが、2008年に日本で上演されている)。歌手はまるで黒子のように地味な役割しか与えられず、主役は巨大なスクリーンに映されるビル・ヴィオラの映像だった。第1幕は僧院のような簡素な室内に男女が立ち、服を脱ぐ。第2幕は炎。第3幕は水の中の男女。映像には媚薬もラブシーンも流血もない。ストーリーを物語るのではなく、観客を瞑想に誘い込む。強いて意味づけをすれば、服を脱ぐ映像は、魂の裸形……一切の外的・社会的装いを一つ一つ脱ぎ捨て、魂の深奥に至るプロセスだろう。内面の激しい燃焼のあとに、重力を失った自由な水中遊泳、魂の神秘的飛翔が起こる。満席の観客は催眠術で座席にくぎ付けされような、異様な力がオペラ座全体を支配した。一体あれは何だったのだろう?トリスタン神話が死に、神秘主義が忘れられても、裸形の魂の冒険は私たちを揺り動かす。潜在意識の底に眠っていた太古からの人類普遍の衝動を目覚めさせるのだ。神話を解体し、神話を生み出すもとにあった人間の根源的衝動を再構築する試みであり、それは神話を西欧という枠組みから解放する作業でもある。

ヌヴェル