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METライブビューイング  ヴェルディ『オテロ』新演出|佐伯ふみ

Concert Review

METライブビューイング 2015-16
ヴェルディ『オテロ』新演出

2015年10月17日(現地上演日)
2015年11月14日~30日(日本における上映)
Reviewed by 佐伯ふみ(Fumi Saeki)

<キャスト>
指揮:ヤニック・ネゼ=セガン
演出:バートレット・シャー
オテロ:アレクサンドルス・アントネンコ(テノール)
デズデーモナ:ソニア・ヨンチェーヴァ(ソプラノ)
イアーゴ:ジェリコ・ルチッチ(バリトン)
カッシオ:ディミトリー・ピタス(テノール)

記憶に残るヨンチェーヴァの「柳の歌」

2006年にスタートしたMETライブビューイングが、早くも今シーズンで10年を迎える。映画館でオペラを!しかもそのシーズンの公演をできるだけタイムラグなしで--という画期的な試みだった。演目によってかなり数にばらつきはあるようだが、固定ファンも増えてきた。

オペラに興味を持つ人が身近にいても、高額なチケット料金、わかりにくい筋書きや長い上演時間、敷居の高く感じられる豪奢な劇場など、誘いにくい要素はいくつもある。
しかし、METライブビューイングは、抜群の映像技術とサービス精神で、このようなハードルを極力なくし、誰もが思い立ったときに観られる環境づくりに貢献している。
なによりも安価で、映画館で気軽に見られること、親切な字幕、細かな表情もよくわかる映像、そして幕間には演奏者のインタビューや舞台裏の様子も見られる、とサービスは盛りだくさん。

筆者もこの10年で大いにその恩恵に浴してきた。観たことのない演目や、アメリカらしさを反映した最新の演出に触れられるのはとても嬉しい。それに、(周囲に迷惑にならない程度に)ポップコーンを片手にオペラを観られるなんて、こんなに楽しいことはないではないか。オペラはその成立の当初から、飲み食い・歓談しながらの見物があたりまえだったのだから、形を変えてオリジナルの姿が戻ってきた、と言えなくもない。

さて今回の『オテロ』では、「21世紀のオテロ歌い」と評価の高いアントネンコがタイトルロール。確かに、デル・モナコの「黄金のトランペット」を思い出させるような、突き抜けたテノールで、心地よい。ただ筆者には、疲れが少々、声に出ていたように感じられた。
イアーゴのルチッチはMETの人気歌手で、底光りのするような素晴らしい美声の持ち主。ただこの場合、端正な顔立ちがすこし災いしたかもしれない。悪人になりきれないのだ。確かにヴェルディは「善人のもつ悪」といったコメントを残しているので、見るからに悪人、でないほうがいいのかもしれないが、凡人の嫌らしさや、底深い悪意、といったものをもう少し感じたいところ。

そういうわけで筆者には男性陣はすこし不満が残ったが、デズデーモナのヨンチェーヴァは、第3幕の山場、衆人環視の中で夫からひどい扱いを受けて絶望するシーンをはじめ、第4幕の「柳の歌~アヴェ・マリア」もまた真に迫る演唱で見事だった。幕間のインタビューで、「演じるデズデーモナがどんな人物なのか、研究し尽くした。でも演じるときはそれをすべて忘れるの」と答えていたのが印象的で、好感をもった。

演出は、オテロの築き上げた地位と声望が、実はとても脆く儚いものであることを暗示する、半透明の「ガラスの宮殿」が中心。シーンに応じて形を変えながら一貫して舞台上にある。美しい舞台だが、頻繁に形を変えるのが少々うるさく、ドラマに没入するのを妨げられる気がするときもあった。ヴェルディ作品はオーソドックスな舞台美術が似合うという説も、確かにと思う。
衣裳(キャサリン・ズーバー)で不満だったのがデズデーモナ。一途にオテロを慕う清純な新妻が、深紅で胸の大きく開いたドレスだったのは違和感。第3幕のヴェネツィア大使到着の場面でも、アクセサリーなしでそのまま公の席に出てくるのはあり得ないのでは……。

……などと、さまざまに文句を(心の中で)言いつつ、それでもせっせと通って観てしまうのが、オペラの面白いところである。

【METライブビューイング 次回上映】
ベルク《ルル》
上映:2015年1月16日~22日

You Tube映像:
《ルル》メイキング映像(W・ケントリッジインタビュー)
《ルル》予告編

現地上演日:2015年11月21日
指揮:ローター・ケーニクス
演出:ウィリアム・ケントリッジ
出演:M.ペーターセン、S.グラハム、J.ロイター他

オテロ1 (C)Kristian Schuller /Metropolitan Opera

(C)Kristian Schuller /Metropolitan Opera

オテロ2(C)Ken Howard/Metropolitan Opera_S (2)

(C)Ken Howard/Metropolitan Opera

オテロ3(C)Ken Howard/Metropolitan Opera_s

(C)Ken Howard/Metropolitan Opera

オテロ4(C)Ken Howard/Metropolitan Opera

(C)Ken Howard/Metropolitan Opera