パリ・東京雑感|国境なき医師団の病院爆撃と愛の革命|松浦茂長

国境なき医師団の病院爆撃と愛の革命

text by 松浦茂長(Shigenaga Matsuura)
写真提供:国境なき医師団

30人が殺された爆撃の跡 © Dan Sermand/MSF

30人が殺された爆撃の跡 © Dan Sermand/MSF

なぜ米軍機はアフガニスタンの国境なき医師団の病院を爆撃したのだろう。アメリカ軍の地図には学校、モスクと並んで、攻撃してはならない建物としてこの病院がリストアップされていたし、ワシントンの国境なき医師団が軍に爆撃をやめてくれと電話しても無視され、さらに30分以上爆撃が続いた。誤爆ではなく病院破壊を狙った意図的爆撃と考える方が自然だ。だから、オバマ大統領が、直接国境なき医師団のリュー会長に電話して謝罪しても、会長は国際人道調査委員会による調査を要求して一歩も引かなかった。アメリカが調査したのでは「アフガンに不慣れな部隊が急遽動員され、悲劇的な間違いを犯した」たぐいの結論になるのは目に見えているからだ。それにしても、なぜアメリカは病院を徹底的に破壊し、医者と看護師を殺してまで、国境なき医師団をアフガニスタンから追い出そうとしたのだろうか。

このニュースを聞いたとき、とっさにパリのコレージュ・ド・フランスで講義した国境なき医師団のクレール・マゴヌさんの言葉を思い出した。「欧米がアフガニスタンを法治国家にし、正義と人権の守られる国にしようと努力しているのは分かるし、私たちもその企てを尊重します。しかし、この理想は人の命を救うという国境なき医師団の目的と両立しません。」こう前置きし、マゴヌさんはアフガニスタンの苦い経験を語った。2001年にアメリカなどがアフガニスタンに侵攻しタリバンを一掃したあと、カルザイ政権による再建が始まった。治安が悪く、まだ立ち入れない地域が多い中で、基礎的医療はいわば「動くショーウィンドウ」の役割を負わされた。病気を治すことで農民の心をつかみ、カルザイ政権の支配を住民に印象づけようというのだ。国境なき医師団としては、不本意ながらカルザイ政権の支配地で活動した。ところが2004年にメンバー5人が殺され、国境なき医師団は撤退する。その後状況は大きく変わった。反攻に出たタリバンは影響力をじわじわと拡大し、それにつれ、医療を敵視するこれまでの姿勢も変わっていった。2009年には、タリバンも彼らの支配地域に基礎的医療を確保し農民の心をつかもうとし始めたのである。そのタイミングをつかんで、国境なき医師団はタリバンと交渉した。その結果、彼らはカルザイ政権とタリバンの両方の支配地域に医師を送ることになった。国境なき医師団がアフガニスタンに戻ったちょうどその時期に、他の多くのNGOは活動の場が狭くなったと言う理由でアフガンから出て行ったから、もし国境なき医師団のこの決断がなければアフガン国民は見捨てられる危険があったのだ。他のNGOは西欧型人権・民主主義の理想を共有して活動したため、その西欧的政治空間が狭まると彼らの人道活動空間も狭まってしまったのである。

啓蒙主義とフランス革命の描いた人間像のかなめは、「進歩」である。人間には鹿のような足の速さもないし、犬のような嗅覚もない。毛皮もなく裸で弱く無防備だが、そのかわり人間には自由がある。自由に自分の人生を築き、歴史を作り出して行く、それこそが人間の定義だと彼らは信じた。魅力的な人間像ではあるが、落とし穴がある。「人間とは自由・歴史・進歩を持つもの」と決めてしまうと、歴史を持たない未開社会や進歩を拒む伝統社会は「人間以下」の社会と見なされかねない。トクヴィル、ジュール・フェリーのような偉大な民主主義者が進歩の名のもとに植民地主義を肯定して何の矛盾も感じない落とし穴があったのだ。
現代の人権思想は啓蒙主義以来の進歩信仰を乗り越えただろうか。たとえば、女性がヴェールを被るのは女性蔑視の後進性で、髪を露わにするのが進歩だと信じこんでいるのはなぜだ。フランスでは人権と政教分離の名の下に女生徒がヴェールを被って学校に行くのを禁止したのはなぜだ。

爆撃前に国境なき医師団の病院で働く日本人女性外科医 © Mikhail Galustov/MSF

爆撃前に国境なき医師団の病院で働く日本人女性外科医 © Mikhail Galustov/MSF

国境なき医師団の医師たちは内戦、干ばつ、伝染病のまっただ中に飛び込み、異常な環境の中で命を救う闘いをするうちに、理念としての「人権」よりもっと大切な根源的な真実に直面した。命を救いたいという切実な心情、心の目で向き合う「人間」には価値の上下はない、フランス大統領の命もアフリカ奥地の赤ちゃんの命も等しく、無限に尊い、という真実である。国境なき医師団が発見した「人間」には、先進・未開の価値の序列はない。1999年、国境なき医師団がノーベル賞を受賞したとき、当時の会長、ジェイムズ・オルビンスキ氏は記念講演のなかで、彼らにとっての「人間」の価値の絶対性について見事な定義をしている。「今日の命は明日その命がどんな価値を持つかで測ることはできない。また、『ここで』苦痛を和らげても『あちらで』和らげなかったことの正当化にはならない。」
この「命」は単に生物としての「命」ではなく、人間が人間らしく自由と品位をもって生きる「命」を指す。だから、国境なき医師団の闘いは「人間」を押しつぶす抑圧、虐殺の拒否・抵抗にまで広がって行く。オルビンスキ氏はこう言う。「困っている人びとに医療援助を行うことは、人間としての彼らの存在を脅かすものから彼らを守る試みなのです。人道的な活動は単なる寄付や慈善事業以上のものです。尋常な状態ではない地域に尋常な空間を築くことを意図しています。物質的に援助する以上に、一人ひとりが人間としての権利や尊厳を取り戻せることを求めているのです。」

爆撃直後破壊を免れた建物での応急措置 © MSF

爆撃直後破壊を免れた建物での応急措置 © MSF

でも、これこそ人権を守る闘いにほかならないではないか。いや、国境なき医師団がたとえ人権という言葉を使ったとしても、抽象的理念としての人権ではなく、目の前にいるひとりの患者の命と生身で向き合う中での、心の叫びのようなもの、具体的心情的人権である。むしろ前に引用したマゴヌさんのように「人の命を救うという目的と人権追求は両立しない」と言い切った方が分かりやすい。国境なき医師団の思想と行動は西欧的価値からの決別であり、革命的な冒険なのだから。

考えてみれば、フランス軍がアフガニスタンでタリバンと戦い約90人の兵士が死ぬ中で、タリバン支配地の医療支援をするのは敵の威信を高めることにもつながり、政治的には裏切りと非難されてもおかしくない。もし日本がアジアのどこかに軍事介入し、自衛隊員が何十人も死ぬとき、日本のNGOが敵の領地の住民の命を救いに行ったら、政府とマスコミはなんと言うだろうか。自分の心の中の国境、日本人というアイデンティティの境界を壊すには大変な抵抗があるに違いない。さらに、国境=フロンティエールという語は国と国の境界だけでなく、文明の境界、価値観の境界をも意味するから、国境なき医師団は西欧的価値の限界を突破し、突き崩す革命家たちでもある。国家・人権を相対化しても無政府主義者とかニヒリストとかの非難が表だって聞こえないのはなぜだろう。それは、彼らが純粋な共感に突き動かされて行動しているのを世界が認めたから、フランスの哲学者リュク・フェリーの言葉を借りれば、彼らが「愛の革命家」であることを世界が認めたからではないだろうか。

してみると、アメリカ軍の爆撃は「愛の革命」の鎮圧作戦ではないか。憎い敵タリバンと協力し、敵の兵士を治療したというだけなら、あれほど徹底した破壊、殺戮をする必要があっただろうか。国境なき医師団の思想と行動の中に、戦争の根拠そのものを否定する「うさんくささ」=「愛の革命」を嗅ぎとったからではないか。