英国ロイヤル・オペラ日本公演 歌劇『マクベス』|藤堂清

Concert Review

英国ロイヤル・オペラ日本公演 歌劇『マクベス』
2015年9月15日 東京文化会館
Reviewed by 藤堂 清(Kiyoshi Tohdoh)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)

mac<曲目>

ジュゼッペ・ヴェルディ:『マクベス』

<出演>

指揮:アントニオ・パッパーノ
演出:フィリダ・ロイド
再演監督:ダニエル・ドーナー
美術:アンソニー・ワード
照明:ポール・コンスタブル
振付:マイケル・キーガン=ドラン
再演振付:キルスティ・タップ
殺陣:テリー・キング
殺陣(アシスタント):ロックハート・オグルヴィ
合唱監督:レナート・バルサドンナ
コンサートマスター:ヴァスコ・ヴァシレフ

マクベス:サイモン・キーンリサイド
マクベス夫人:リュドミラ・モナスティルスカ
バンクォー:ライモンド・アチェト
マクダフ:テオドール・イリンカイ
マルコム:サミュエル・サッカー
医師:ジフーン・キム
夫人の侍女:アヌーシュ・ホヴァニシアン
刺客:オーレ・ゼッターストレーム
伝令/亡霊1:ジョナサン・フィッシャー
亡霊2、亡霊3:野沢晴海、鈴木一瑳 (NHK東京児童合唱団)
ダンカン王:イアン・リンゼイ
ロイヤル・オペラ合唱団 / ロイヤル・オペラハウス管弦楽団

ロンドンのロイヤル・オペラハウスの2010年以来5年ぶりの来日公演、今回はヴェルディの『マクベス』とモーツァルトの『ドン・ジョヴァンニ』の二演目が上演された。このうち『マクベス』を聴いた。
結論から書くと、世界トップクラスのこの劇場の引越公演としては、期待を裏切られるものであった。以前の来日公演や本拠地ロンドンでの公演と較べてもかなり大きな差を感じた。

最大の問題は指揮者にある。2002年にこの歌劇場の音楽監督に就任したアントニオ・パッパーノだが、オーケストラやコーラスのミスが多く音楽的な完成度が低下してきている。また間延びしたようなテンポやはずみの感じられないリズムが、オペラから勢いを奪っていた。ムーティ=ミラノ・ラ・スカラ座のような張りつめた音楽とならないまでも、もう一歩も二歩も踏み込んでもらいたかった。
マクベス、マクベス夫人、バンクォーの主役3人は、2011年に再演されたときの歌手が務めた(初演は2002年、二度目の再演)。リュドミラ・モナスティルスカは強い声を持ち、他の歌手を圧倒する力があった。必要なところでは弱声を使うテクニックをみせた。残念だったのは、彼女とパッパーノが譲り合いというか探り合いというか、音楽を形作るという意味で遠慮しあっているようであったことだ。バンクォーのライモンド・アチェトは、声の力という意味では充分なのだが、常に大きな声で歌い続けているような印象で、オーケストラとのズレも目立った。今回の公演への参加が危惧されていたサイモン・キーンリサイドだが、昨年12月以来久しぶりにオペラの舞台に立った(この後も来年1月までのオペラの出演予定はすべてキャンセルされている)。彼の歌に聴ける言葉と音楽のバランスの良さ、そして歌で指揮やオーケストラを引っ張っていく力は健在であった。このプロダクションでは、通常のパリ改訂版に初演版の『マクベスの死』を挿入する形になっていて、マクベスは第4幕第2場、第3場でアリアを歌う。この彼の二曲が、今回の公演で一番聴きごたえがあった。
演出面では、魔女がすべてを仕切っているという舞台。第1幕第2場に歌われるマクベス夫人の手紙の場、マクベスからの手紙を魔女が渡しにやってくる。第2幕第2場でバンクォーが殺されるとき、一緒にいた息子のフリーアンスを魔女がかくまい、逃がしてやる。マクベスが王冠を戴くとき、また彼を倒したマルコムが王位に就くときも、魔女が王座を囲む。予言し、それを実現する役割が魔女にあると、ここまで可視化する必要があるのか、またそれがこのオペラの解釈として妥当だろうか。

海外歌劇場の引越公演が待ち望まれ、それが期待以上の感動と興奮を与えてくれていた時代があった。その歌劇場で上演している演目を、歌手、指揮者、オーケストラ、合唱、舞台装置をすべて運び、まさに引越しという名にふさわしいものであった。1963年のベルリン・ドイツ・オペラの来日公演に始まり、1970年大阪万博の年のボリショイ歌劇場、74年のバイエルン州立歌劇場、79年ロイヤル・オペラ、80年ウィーン国立歌劇場、81年ミラノ・スカラ座と続いた。日本全体が豊かになりつつはあったが、渡航費用を考えるとひんぱんに海外にオペラを聴きに行くなどということは、多くの人にとって「贅沢の極み」であったろう。その中でオペラ・ファンにとって引越公演の役割は大きかった。
しかし今は状況が大きく変化している。どうしてもこのオペラを聴きたいという場合海外へでも行くという人も多くなっている。演目・出演者も好みで選び、旅行日程を考えるという人も少なくない。国内でも、新国立歌劇場ができ、一定水準のオペラ上演が定期的に行われるようになったという事情もある。さらに、IT技術の進歩は、劇場での公演をインターネットを通じリアルタイムで視聴することを可能にしている。そのような中で引越公演のあり方が変わる必要はないのだろうか。高額チケットが売れず、値下げして安売りチケットとしても埋まらないという状況は、来日する歌劇場にとっても、聴衆にとっても不幸なことに思える。

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