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歌劇《天守物語》|谷口昭弘

天守日本オペラ協会公演 日本オペラシリーズ No. 76
歌劇《天守物語》全2幕

2016年3月5日 新国立劇場中劇場
Reviewed by 谷口昭弘(Akihiro Taniguchi)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)

<演奏>
総監督:大賀 寛
指揮:山下一史
演出:荒井間佐登

富姫:角野圭奈子
図書之助:中鉢 聡
亀姫:沢崎恵美
朱の盤坊:泉 良平
舌長姥:きのしたひろこ
薄:上田由紀子
桃六:大賀 寛      ほか

合唱:日本オペラ協会合唱団
児童合唱:多摩ファミリーシンガーズ
管弦楽:フィルハーモニア東京

水野修孝作曲によるオペラ《天守物語》は、頻繁に演奏されるオペラと聞くが、筆者は今回初めてこの作品に接することができた。

物語は姫路城の天守閣をその舞台としている。第1幕は天守閣に棲むという魔界の貴族たちを中心に展開される。主人公は姫路城の天守の主・富姫である。そして彼女が姉と慕う猪苗代城の亀姫が、その城主武田衛門之助の生首を手土産として姫路城を訪れ、二人は雅な手まり遊びに興じる。亀の姫に仕える先達や侍女たちも一時の戯れ・宴の時を持つ。全体は幻想的な世界観に彩られた妖怪たちによる祝祭狂言である。

第2幕は富姫と姫川図書之助(姫路城主に遣える家臣)との間に生まれる恋物語を中心に据えている。ここでは魔界と現実が交錯するというわけだ。図書之助はひょんなことから天守閣に足を踏み入れ富姫と運命的な出会いをするが、城の宝である「青竜の兜」を盗んだ罪(実は富姫が彼に与えた)で仲間の武士から追われることになる。魔界の住人は、近江丞桃六が目を入れた獅子頭によって魔力を与えられていたが、武士たちが槍で突かれると、富姫共々みな失明してしまう。もはやこれまでかというところで桃六が現れ獅子頭の両眼を開くと、天守には再び魔力が甦り、雲に乗った富姫と図書之助は天を翔けていく。

以前の演出では、第1幕に描かれる魔界が、よりリアルでおどろおどろしく描かれていたという。しかし今回の荒井間佐登の演出にはそういったリアリズムよりも、様式化し、抽象化した柔らかな見せ方がなされていた。妖怪たちはむしろ、純真で無垢な、人懐っこい存在になっていた。 そのためか、第2幕において天守閣に攻め入る武士たちの存在は、どろどろとした人間世界を聴衆に向かって目の当たりにさせる。あたかも幻想的で平和だった妖怪世界を人間が破壊していくかのように。とはいえ、魔界の無垢な世界も、これまた人間的側面を反映させたものであり、富姫と図書之助が寄り添う姿も、まさしく幻想と現実をまたいで、官能的であり、人間的である。

いずれにせよ、幻想的な第1幕も、ドラマが動く第2幕も、音楽によって描写・感情表現する場が多く設けられており、水野修孝による音楽は典雅に響くかと思えば、魔界を魔界として、トランペットを筆頭に荒れ狂う不協和音を駆使して描いたり、鼓や太鼓、篠笛といった伝統邦楽器による舞台設定を行っていた。わかりやすく聴き手を導き、物語世界に没頭させた。

字幕上演だったので、日本語のオペラを観る際の言葉の聞き取りに問題を感ずることがなかったし、しばしば無伴奏ないし薄めの伴奏で歌唱する箇所も多く、舞台上の重要な台詞は聞き取りやすかったともいえる。また歌い手も、それぞれの役柄に応じた声音を使い、この作品の可能性を引き出し、楽しませた。その筆頭は角野佳奈子の富姫と中鉢聡の図書之助だっただろう。幕切れ近くの、目が見えなくなった二人のデュエットでは、ややしつこいくらいの絡み合いからト長調へとつながっていく一連の流れの中で力強く歌い、訴えた。

日本のオペラはまだまだ上演回数が少ないし、商用映像ソフトも、もっと発売されてほしいところだ。全国的に「ご当地オペラ」が上演されるようになったのだし、以前ほど日本のオペラを「創作オペラ」と見下すようにはなっていないのではないだろうか。この《天守物語》も、一度目に触れる機会さえあれば、もっと多くの人に受け入れられそうだ。

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