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東京交響楽団 第644回定期演奏会|大河内文恵 

%e6%9d%b1%e9%9f%bf 東京交響楽団 第644回定期演奏会

2016年924日 サントリーホール
Reviewed by 大河内文恵(Fumie Okouchi)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)

<演奏>
ユベール・スダーン(指揮)
マイケル・スパイアーズ(ファウスト)
ミハイル・ペトレンコ(メフィストフェレス)
ソフィー・コッシュ(マルグリット)
北川辰彦(ブランデル)
東京少年少女合唱隊(児童合唱)
東京コーラス(合唱)
東京交響楽団

<曲目>
ベルリオーズ:劇的物語「ファウストの劫罰」作品24

東響も創立70周年を記念する一連の企画の1つとして、『ファウストの劫罰』を上演した。演奏が始まって数秒後、ファウスト役のスパイアーズが歌いだした瞬間、声にならない声でホールの客席がどよめいた。声量は豊かなのに、軽々とした声。フランス語の響きがしっかりあって、その響きに声質がぴったり合っている。メフィストフェレス役のペトレンコは最初、この役にしては声が軽すぎるのではないかと思われたが、徐々に威力を増し、堂々たるメフィストフェレスを演じきった。マルグリット役のコッシュも含めて、いずれもフランス語のディクションがしっかりしており、とくに鼻母音の扱いの美しさが光った。

合唱は声がこちらに飛んで来ないと感じることや、高い音域で悲鳴になってしまうことが時折あったが、全員が暗譜で臨んでおり、意識の高さを感じさせた。宗教的な歌詞の箇所で、それに合った発声に切り替えられるともっと良かったのと、エピローグでアカペラになった時に子音の位置が揃っていなかったために、きちんと合っていないように聴こえてしまったのが惜しかったと思う。

歌手たちの徹底した役作りは一見の価値があった。ペトレンコは、自分が歌っていない時にも演技を続けていたし、コッシュは前半には艶っぽい魅力を振りまき、後半からは清楚で清らかな女性を演じるという使い分けが見事であった。第3部でマルグリートの出番はなくなるわけだが、第4部のコッシュはピンクの衣装の上に黒いストールをかけていて気配を消していたため、結果的に、ファウストがマルグリードの不在を嘆く場面で聴き手は違和感を覚えずに済んだ。スパイアーズは、第2部まではフランス語の響きを活かした軽い声で歌い、休憩後の第3部からは重い声に切り替えていた。第3部の間はその切り替えがうまくいかず苦戦していたものの、第4部で持ち直したのはさすがであった。

10日の東京シティ・フィルの項でふれたように、こちらでも舞台配置について述べたい。サントリーホールはステージの後ろにP席と呼ばれる客席があり、今回の合唱団はここで歌った。ソリストはオーケストラの一番後ろ、つまりオーケストラと合唱団のちょうど間に位置するところだ。ひな壇の上に立っていることもあって、声がよく響いていた。字幕はP席の左右に1台ずつと、2階席の手前のほうの左右に1台ずつ、計4台が設置され、すべての人に字幕が見えるように工夫されていたが、やはり演奏者と字幕が遠いので、字幕を見てしまうと演奏者が見られないというジレンマに聴き手は苦悩することになる。

一方、スダーン率いるオーケストラは、ソリストや合唱の伴奏として、非常にわきまえた演奏で、彼らの声をかき消してしまうことは決してない。スダーンの指揮は緩急の使い分けが殊に上手い。ベルリオーズの複雑な和声を強調することでニュアンスをつけるかと思うと、歌の妨げにならないように控え目に抑えたりもする。歌とソロ楽器との遣り取りでは、いずれの楽器も妙技をみせたが、フランスのオーケストラっぽい響きは聴かれなかった。弦はバランスよく豊かに響きオペラの雰囲気を演出するが、管楽器はどちらかというと、その邪魔にならないようにしているかのようであった。ハープの音の柔らかさなど個々のメンバーの技量は充分であることが、そこかしこからうかがえた。

ベルリオーズらしさは声楽部分ですでに充分出ているからオーケストラは伴奏に徹するという方針は、それはそれで理に適っており、実際、非常にバランスのとれた演奏であったと思う。演奏が終わった途端の熱狂的な拍手が、聴衆の満足度の高さを証明している。しかしながら、東京シティ・フィルの演奏を聴いた後では、とくにオーケストラだけで演奏される「鬼火のメヌエット」のような箇所に物足りなさを感じたのは否めない。

やはり『ファウストの劫罰』は奥が深い。

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