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小曽根真&ゲイリー・バートン TOUR 2017 FINAL|藤原聡   

小曽根真&ゲイリー・バートン TOUR 2017 FINAL

2017年6月8日  東京オペラシティ コンサートホール
Reviewed by 藤原聡(Satoshi Fujiwara)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi

<演奏>
小曽根真(ピアノ)
ゲイリー・バートン(ヴィブラフォン)

<曲目>
『Bud Powell』/Chick Corea
『Why’d you do it?』/John Scofield
『Falling Grace』/Steve Swallow
『Remembering Tano』/Gary Burton
『Time Thread(for Bill Evans)』/Makoto Ozone(Piano Solo)
『Opus Half』/Benny Golson
『Le Tombeau de Couperin』/Maurice Ravel
『Sonata K.20』/Domenico Scarlatti
『Brasilia』/Chick Corea
『O Grande Amor』/A.C.Jobim
『Blame it on my youth』/Oscar Levant(Vibraphone Solo)
『Times Like These』/Makoto Ozone
(アンコール)
『Bags Groove』/Milt Jackson
『For Heaven’s sake』/Don Meyer, Elise Bretton, Sherman Edwards:

 

やはり一ファンとしては「あまりにもったいない!」との想いが沸き立つしかないのだが、このツアーを最後に本年74歳のゲイリー・バートンは演奏活動から身を引く。引退後は自分の人生を楽しみ、本人によれば「特に何か新しいことを始める訳ではありません」。この引退ツアーでは小曽根真と全10回のコンサートを持つ。小曽根とバートンは34年来の付き合いであり、小曽根にとってバートンは師匠である。オスカー・ピーターソンばりの超絶技巧でウケ狙いの演奏ばかりしていた若き小曽根に「軌道修正」を施したのが他ならぬゲイリー・バートンであり、これは小曽根自身が深い感謝の念と共に語っているところだ。この両者にとって非常に意味深いであろうこのツアーから、6月8日のオペラシティ公演を聴く。

ステージ上のカラフルなライティングは普段クラシックのコンサートが行なわれるオペラシティとしては異例で新鮮だが、彼らの登場もまた粋なもので、2人は1階後方から上手側と下手側に分かれて登場、観客とコミュニケーションを取りながら通路を通ってステージ上に。引退ツアーだからと言って、彼らの姿に気負いやら緊張感はまるで感じられない。自分たちがまず楽しみ、そしてそれが自ずと聴く人を楽しませて行く、そういう空気だ。

演奏は1曲目の『Bud Powell』から快調そのもの。ゲイリー・バートンの演奏でお馴染みのノン・ヴィブラートによるクリアな音色と豊かなハーモニー、シンプルなようで微細に変化するリズム的なグルーヴ感とパルス、そして常に1台の楽器と同じマレット4本を用いながらも階層化された音量と音色の微細な変化。当初はこのようなバートンの特質はオペラシティの大空間では豊かな残響に呑まれてしまって不明瞭になるのではないかとの懸念があったのだが、それは全く杞憂に過ぎなかった。つまり、ゲイリー・バートンはそれだけ凄いのである。勿論PAは使用していない!

個々の曲を詳述は出来ないが、バートンは『Falling Grace』や『Remembering Tano』のような新主流派的な、言い換えればホリゾンタルな要素の強い曲においては全くスムースかつシームレスに大きなフレーズの中でメロディをしなやかに構築して行くが、その滑らかな進行は圧倒的であり、演奏者と楽器の境界すらなくなって完全に両者が融和しているかのようだ。そして『Opus Half』やアンコールで演奏された『Bags Groove』のようなファンキーな曲では楔を打ち込むかのような濃厚さをも聴かせ、さらには『Brasilia』、『O Grande Amor』のラテン系楽曲ではパッショネイトで思い切りリズミカルに弾ける。
これらは当然小曽根の的確なサポート(デュオとソロ部分のコントラストが実に生きている)あってのものだろうが、それにしてもバートン、である。音域にして3オクターヴほど、あの単純とも思える構造のヴィブラフォンと「先に布が付いただけの4本の棒」から豊かな音響とその背後の精神世界までもが立ち現れるさまは圧巻と言う他ない。

とは言いつつも、この日の白眉はバートンのソロであっただろう。この20年来ライヴでソロを披露していなかったバートンが小曽根のリクエストでソロを弾く。そのオスカー・レヴァントの『Blame it on my youth』の美しさ。会場中が完全に呑まれているのがありありと伝わってくるような稀有な時間。

しかし重ねて記すが、このような演奏をまだまだしてしまえるゲイリー・バートン、引退とは誠に惜しい…。