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サー・ネヴィル・マリナー&アカデミー室内管弦楽団|丘山万里子

マリナーサー・ネヴィル・マリナー&アカデミー室内管弦楽団

2016年4月9日 東京オペラシティ コンサートホール
Reviewed by 丘山万里子(Mariko Okayama)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)

<演奏>
サー・ネヴィル・マリナー指揮、アカデミー室内管弦楽団

<曲目>
プロコフィエフ:交響曲第1番 ニ長調 「古典交響曲」op.25
ヴォーン・ウィリアムス:トマス・タリスの主題による幻想曲
ベートーヴェン:交響曲第7番 イ長調 op.92

<アンコール>
モーツァルト:「フィガロの結婚」序曲
アイルランド民謡「ロンドンデリーの歌」(ダニー・ボーイ)

サー・ネヴィル・マリナーが1958年に創設したアカデミー室内管弦楽団(アカデミー・オブ・セントマーティン・イン・ザ・フィールズ)とともに最後の来日公演を行った。
公演の数日後には92歳となるが、かくしゃくたる指揮ぶりで、桜の散り始めたここ数日によく似合う、いかにもノーブルな演奏を聴かせてくれた。
ふわっとした響き、軽やかな躍動、ほどよい抒情。
大編成のオーケストラが浴びせる音の瀑布からは決して生まれない人肌の温もりに、心地よく包まれた時間だった。

プロコフィエフ『古典交響曲』で、メンバーたちの間に交わされる笑みや豊かな表情に、すでに彼らの音楽の在所は明らかだ。機嫌良くそれをリードしてゆくマリナーの軽快な棒さばき。終楽章モルト・ヴィヴァーチェの快足は、弾んで駆けて風を切る爽快、明朗。

そんなマリナーと室内管の「今」を手のひらに載せて大切に、そっくり差し出してくれたのは、次のヴォーン・ウィリアムス。
弦楽四重奏と2つの弦楽合奏群による様々な組み合わせ、ソロもあれば、呼びかわしもあり、みんな揃っての全奏もあり、という響きの饗応が、繊細で幻想的な情景を描き出す。
舞台下手に配置された第2合奏群との「交唱」にはとりわけ、教会の回廊に身を置いているような、静かな交感に浸る。
時空の「あいだ」、それをつなぐ、あるいは紡ぐ「声」たちの、それぞれ、あるいは全体の、どこまでも澄明なこと。一つ一つがクリアで、まとまっても決して押し付けがましいマッスにならないこと。そこに彼らの音楽の真髄を聴く。

これで当夜は十分、の充足感だったが、ベートーヴェンも見通しの良い、すっきりした音の構築で、メリハリある演奏。快活なリズムが踊る1、3、4楽章に囲まれた第2楽章「不滅のアレグレッット」の憂いを帯びた歩調が際立った。

アンコールの最後に弾かれたのは『ロンドンデリーの歌』。
聴きなれたこの旋律が、えも言われぬ哀愁をたたえ、胸に染み入る。心の琴線、というけれど、まさにこの響きは、そこをそっと震わせるのだ。こういう音楽を聴いたら、誰だって、なにとなく、敬虔な気持ちにならずにはいられまい。

マリナーと室内管が手渡してくれたもの。
もちろん、彼らにも創立以来の様々な歴史、古楽から近代作品への歩み、時代の中での立ち位置の変化と移ろいもあったわけだが、60年近い歳月を経ての彼らの「今」は、こう言っているようだ。
〜一人ひとりの声、何人かの声、みんなの声、それぞれがそれぞれを尊重し、響き合う世界を、私たちは信じよう。〜

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