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オーケストラ新喜劇|大田美佐子

新喜劇吉本新喜劇×日本センチュリー交響楽団
オーケストラ新喜劇

2016年3月15日 なんばグランド花月
Reviewed by 大田美佐子(Misako Ohta)
写真提供:日本センチュリー交響楽団

<演奏・出演>
日本センチュリー交響楽団
吉本新喜劇から川畑泰史、島田一の介、西川忠志、島田珠代、金原早苗ほか

<曲目>
【一部】日本センチュリー交響楽団 特別演奏
⒈ モーツァルト/アイネ・クライネ・ナハト・ムジークより第1楽章
⒉ グリーグ/ホルベルク組曲よりプレリュード、リゴードン
⒊ 楽器紹介
⒋ チャイコフスキー/弦楽セレナードより第2楽章”ワルツ”
⒌ 吉本新喜劇のテーマ曲(Somebody Stole My Gal by Pee Wee Hunt)
⒍ アンダーソン/プリング・プラング・プラング

【二部】オーケストラ新喜劇

日本センチュリー交響楽団、大阪ミナミの「笑いの殿堂」に挑む

なんばグランド花月(通称NGK)といえば、吉本新喜劇の本拠地で吉本興行の「笑いの殿堂」と愛称される老舗劇場。最寄り駅の繁華街に入ると、まるでテーマパークのような「大阪ミナミ」のアイコンになっている。その大阪を代表する大衆劇場で、大阪文化の代表格といえる「吉本新喜劇」と日本センチュリー交響楽団の共演する音楽会が開かれた。

実はこういった試みにも歴史的背景がある。あらゆるボーダーを失くすという包摂的な現代社会にあっては、「ハイアート」や「ローアート」、「芸術」と「娯楽」という言葉ももはや時代を帯びてくる。その試みを歴史的に辿ると、中世の世俗歌曲と聖なる教会音楽にも、実はボーダーレスな展開がある。20世紀に至っては、キャバレーなどの寄席で音楽を担当していた作曲家には、シェーンベルクをはじめ、ショスタコヴィッチ、レオナード・バーンスタインなど芸術音楽にも素養のある者が多かった。そんな中から、天才的な喜劇役者、ダニー・ケイによるニューヨーク・フィルのあの伝説的なコンサートも生まれたのである。音楽における硬軟も、ハイ&ローも単なる二元論では捉えられない。

このような歴史的な背景からみても、今回の「オーケストラと新喜劇」の試みは、「大阪ならでは」の新鮮でオリジナルな楽しさに溢れていた。構成は二部構成。一部は、日本センチュリー交響楽団特別演奏と題して、耳慣れたモーツァルトの《アイネ・クライネ・ナハトムジーク》をはじめ、楽器紹介も含めて、実際のオーケストラの響きを吉本新喜劇のマドンナ、宇都宮まきとピン芸人として活動するグイグイ大脇が、コミカルに紹介。吉本新喜劇のテーマ曲が、極上のライブ演奏で聴くことができた感激はあったが、日本センチュリーの室内楽的で繊細な響きが、NGKの充分な残響率とはいえない舞台音響では、いささか勿体ない気もした。しかしながらここまでは、芸人さんの司会進行で行われているクラシックのコンサートと同様の試み。この企画の助走といったところ。

そして後半からは、この企画ならではの独創性溢れる舞台となった。特筆すべきは、書き下ろされた新喜劇の台本に、オーケストラが「新喜劇の個性的な登場人物」の一角を担って、縦横無尽に関わっていく点。物語は人情もの。川畑泰史演じる元日本センチュリーの団員は、愛娘(金原早苗)の手術のためにオーケストラの楽器を勝手に売った罪で、今は家族とも音信不通になり人知れず清掃の仕事をして暮らしている。実は楽器を売ったのは、その状況を不憫に思った烏川耕一演じる後輩であった。そして、今や成長して楽団員の試験を受験しに来た愛娘に鉢合わせる、といった筋。

人情と驚きに溢れ、新喜劇ならではの「こてこてギャグ」の応酬に、観客は大爆笑。そこにオーケストラは、主役の川畑泰史が事の経緯を話そうとするたびに、大音量でチャイコフスキーの《弦楽セレナーデ》を演奏して台詞を邪魔してみたり、対比的に、相手が話す時にはバッハの教会カンタータ《主よ、人の望みの喜びよ》を穏やかに奏でたりする。楽団長役の池乃めだか、ヤクザの子分役の島田一の介、トレーナー役の西川忠志、楽団マネージャー役の未知やすえに、島田珠代。強烈なキャラクターを前にして、関谷弘志指揮のオーケストラは、音楽がもつ「身ぶり」の滑稽さを武器に、絶妙な間合いで絡んでくる。

個性の求心力とともに、そこには、サロンのようなかたちでかつてクラシック音楽が持ち合わせていたであろう、観客と舞台、演奏者相互の即興的なコメディーと音楽のキャッチボールが、感動的なほど柔軟に存在していた。

爆笑に包まれた満杯の客席を見回してみると、高校から大学の若い学生たちや、会社帰りのスーツを着た熟年男性、気のおけない友とグループで来た中年女性たちなど。新喜劇にどっぷりはまった人からみても、新喜劇にあまり詳しくない人から見ても、老若男女が楽しめる企画。次々と新しい企画を打ち出している新生日本センチュリー交響楽団の攻めの姿勢も感じた。ぜひ、この組み合わせだからこそのこの企画、シリーズ化をお願いしたい。

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